火はゆらゆら燃える。心もゆらゆら揺れる!
ゆらゆらと燃える火を前に、一本の木をそっと差し出す。近づきたい気持ちと、ちょっとこわい気持ち。
やってみたいという思いと、大丈夫かなという迷い。
その両方を抱えながら、この子は今、火と向き合っています。
表情を見ていると、その“ゆらぎ”がよく伝わってきます。
ただ楽しいだけでも、ただ怖いだけでもない。
そのあいだで揺れ動きながら、どう関わろうかと考えている。
子どもはこうして、世界と出会っています。
火は、まっすぐではありません。
ゆらゆらと形を変えながら、燃え続けています。
子どもの心も同じです。
安心と不安のあいだで揺れながら、
「やってみたい」という気持ちを少しずつ前に進めていく。
その揺らぎこそが、子どもの育ちの時間です。
そして、もうひとつ目を向けたいのが、そばにいる大人の存在です。
子どもの後ろにどっしりと寄り添う職員の足。
すぐに支えられる距離で、でも前には出すぎない。
「やってみたい」という気持ちを信じて、
その一歩を奪わないように見守る姿があります。
危険なものだからこそ、大人がすべてをやってしまうこともできます。
でもそれでは、子どもが世界と出会う機会は失われてしまう。
だからこそ、支える準備をしながら、子どもに委ねる。
その絶妙な距離の中に、保育の本質があるように感じます。
火に触れることは、ただの体験ではありません。
熱さを感じること。
怖さを知ること。
そして、それでも関わってみようとすること。
その一つひとつが、子どもの内側に積み重なっていきます。
私たちは、子どもたちのこの“ゆらぎ”を大切にしたいと考えています。
すぐに正解に導くのではなく、
安心の中で揺れ動く時間を保障すること。
その中でこそ、子どもたちは自分なりの関わり方を見つけていきます。
ゆらゆらと燃える火のように、
ゆらゆらと揺れる子どもの心。
そのどちらもが、今この瞬間を生きている証です。
